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第三十一話 鬼か菩薩か

last update Last Updated: 2025-08-15 05:12:56

第三十一話    鬼か菩薩か

梅乃と采は、玉芳が引退してからの出来事を話した。

大きく話しをすると二つ。 鳳仙の癌と、梅乃の拉致である。

この話しで玉芳の顔が険しくなる。

「あの……まず、赤子の話しをしませんか……?」 梅乃が提案すると、玉芳の鋭い目が梅乃に刺さる。

「あはは……しゅいません……」 梅乃が身体をすくめる。

「まぁまぁ……無事に出産できて良かったよ。 それで名前は何て言うんだい?」 采が玉芳を落ち着かせようと、赤子の話題を振ると

「あぁ……名前? 佳《よし》よ」 名前を話す玉芳は、何処かキョロキョロしている。

「佳か……って、何をキョロキョロしているんだい?」 采が玉芳の行動を気にしていると

「何か、雰囲気が変わった?」 玉芳が聞くと

「そうかね?」 采が佳を抱いたまま言う。

「小夜と、そこの禿! コッチにおいで」 玉芳が言うと、小夜と古峰は恐る恐ると近づく。

玉芳が禿二人の腕と、着物の裾をまくる。

すると、二人の身体からアザが出てきた。

「ほう……」 玉芳の顔が険しくなる。

「随分と腐ってしまったのかしらね……」

「玉芳……」 采は小さく声を漏らす。

「中から腐ると、営業にも影響すると言ったのはお婆じゃないかしら?」

玉芳が采を睨む。

「言ったね……」

「ねぇ、お婆。 これは何?」 玉芳が小夜の腕を掴む。

「……」 采や妓女たちは言葉を詰まらせる。

玉芳が立ち上がり、妓女に声を出す。

「お前たち、営業成績が悪くなったのは自分のせいだよ。 禿のせいじゃない。

 今後、禿を叩くのは止めなさい」

「禿も、叩いたり意地悪された妓女には協力するな。 お前たちは子供でも人なんだ。 立派に成長していく義務があるんだ!」 玉芳の言葉は見事だった。

その話しを聞いた禿の三人は涙を流す。

「佳、おいで」 玉芳は赤子を抱き、二階へ向かう。

そして、玉芳が自身で使っていた部屋の前に来た。

「入るよ」 玉芳が信濃に声を掛け、襖を開ける。

「玉芳花魁―?」 信濃が驚く。

「久しぶりだね。 調子はどうだい?」

「まずまずです……お子さん、可愛い♪」 信濃が玉芳に近づく。

「お前、どうして花魁になれないか知っているかい?」 玉芳が切り出す。

「いえ……」

「この子たち、禿の面倒は誰が見ている?」

「菖蒲と勝来が多いかと……」

「そうだろうね……だから花魁になれないのさ」
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